■第3回/PBOの日本人職員(全員ではない)が官僚主義を蔓延させる!!

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    日本の「末日聖徒イエス・キリスト(モルモン)教会」を管理する「中央管理本部(PBO)」が東京広尾にある。

    極東を管理するのが地域会長で、これまでアメリカ人の教会指導者が継承している。

     

    その組織に雇われているのが日本人メンバーで、全てではないが、彼らの多くは企業からリストラされた者や、教会員の子息である。勿論、それ以外の人達もいるのは当然である。

     

    極端に言えば、彼らは終戦後にダグラス・マッカーサーが日本に置いた「GHQ/連合国軍最高司令官総司令部」に雇われたタイピストや、職員のような人材で、飛鳥昭雄は彼らを「教会公務員」と呼んでいる。

     

    公務員は公僕が原則だが、霞が関の国家公務員(官僚)は自分たちをエリートと思いこそすれ、国民の公僕とは思っていない。

     

    そういう意味で、自分が絶えず試される共通点を持つ仕事という意味だ。

     

    下手をすれば、いつ虎の威を借る官僚主義者に陥るかもしれない…その可能性(危険性)が絶えず付きまとう職場ともいえる。

     

    彼らは‟中央管理本部”の肩書が、よくも悪しくもプライドになっている。実際、その肩書があれば日本の教会で尊敬の対象となり、殆どのメンバーが言うことをきいてくれる。

      

    彼らの発言と考えは「地域会長会」の考えを最も代弁すると考えられているからである。(※イコールとは限らない)

     

    筆者(飛鳥昭雄)は、アメリカ帰りの日本人DTAで、改革する立場にあるWaに依頼し、中央管理本部の名称を「サービスセンター」に改める事を提案したことがある。

       

    全てではないが、多々、PBO職員の一部が官僚主義化している光景を目にしたからで、耳にも聞く事があったからだ。どうも、‟中央管理本部”の持つ権威に溺れ、その一部が高慢に陥っていることが間違いない状況だった。

       

    話し合いの結果、実際の現状を問題視したWaは、私を本部に呼び、職員を集めたその前で、「以後、名称をサービスセンターに変更する!!」と発表した。

     

    ところが、自分たちの‟権威”が無くなるとして、部長Niをはじめとする教育、広報等の職員から猛反発が起こり、後になって「中央管理本部(サービスセンター)」の併記まで押し返してきた。

     

    その後、「サービス精神が根付いたら改名する」と言い出し、如何に中央管理本部の名を権威づけに利用してきたかを証明する形となった。

      

    この調子では百万年かかっても変わらない。既に官僚主義が日本中の教会に蔓延している事が確認され、実際、Niは霞が関官僚と同じ手口を使っていた。

     

    その後、PBOの中間管理職のToという男が、私と話をしている最中、「世界中の教会でPBOの名称があるので、日本だけ変えるのはおかしいでしょう。ですから元のままでいくことになる」と、指導者目線で言ってきた。

       

    この時既にサービスセンターの名を決定したWaは、DTAの地位におらず、伝道部長に召されていた。彼らはその時をじっと待っていたのだ。

       

    こうして「中央」「管理」「本部」の三拍子が揃った肩書は、官僚主義者の権威づけとして今も残ることになった。

     

    中央管理本部の名を権威に利用しているのは、全てではないが日本人の職員達であり、地域会長会、DTA、部長あたりはPBOの中核なので中央管理本部で当然である。その配下の官僚主義者達が問題なのだ。中間管理職のToのやり口は、官僚主義の典型で、問題を大きな升に入れて正当化するやり口である。

     

    彼らの多くはアメリカ人の指導者が大勢いる本部では大人しいが、自分達の住まいがある地域の教会や、ステークで役員になると、その立場を利用して縦横無尽に官僚主義をばらまき始める。彼らは教会ではマニュアルしか使わせないよう結託する。

     

    現役のPBO職員は゛生きたマニュアル゛なので、彼らを敬う日本人教会指導者は大勢いて、霞が関の官僚が天下る先の企業経営者のように、彼らを重宝に扱い、権威のある地位につけていく。

     

    PBOの退職後も、一部の官僚主義者の地位は居住地の教会組織の召しや実力者として維持され、都内や地方で「院政」に似た発言力を維持し、若い指導者を一括したり、官僚主義の方向へ誘導する阿吽の圧力を掛けていく。

     

    今の地域会長(アメリカ人指導者)は、「老人たちを尊敬はしても、彼らの言うことを聞かなくてもかまわない!!」と指導している。

     

    しかし、官僚主義者のネットワークは強力で、面従腹背は勿論のこと、「どうせ指導者が変われば元に戻る」と全く気にする様子はない。時間をかけて作り上げた官僚主義体制は、そう容易に崩れるものではないということか。

      

    いつの間にか官僚主義は、マニュアル主義<全教会員は日本人の指導者が使う‟教会のマニュアル”通りに生きること>と名を変え、日本の教会の常識と化していったようだ❗。

     

    4年前の大統領選で、モルモン教徒のミット・ロムニーが共和党から正式に指名されたとき、当時、官僚主義のトップだった日本人の部長Niがトンデモナイことを仕出かすところだった。

     

      

    末日聖徒イエス・キリスト教会は、教会としての政治活動を禁止している。選挙に出るのは自由だが、組織を挙げて応援することをしないということだ。

    そこでもしロムニーが大統領になったら、日本中の教会にマスコミが押し寄せてくる可能性が生じた。

     

    そんな時、マニュアルがないと、日本人の教会指導者やメンバーに勝手な発言をされたら大変なことになると踏んだNiは、「発言禁止マニュアル」を作り始めたのだ。

    喋ってはならない数十の禁止項目を全国の教会指導者に配布し、末端まで徹底させるつもりだった。

     

    そんな代物がなぜ必要かというと、教会のイメージが世間に誤解されないようにする為だった…

    が、そんな事をしていたことがばれた場合、マスコミは逆に日本の末日聖徒の良識を疑うことになっただろう。少なくともメンバーの自由な発言を教会が禁止し、自分たちの意図しない発言をしないよう指導を徹底し、監視しようとしたことになるからだ。

     

    ジャーナリストの一人として、飛鳥昭雄なら、そんな"怪文書”は即刻マスコミに通報しただろうし、その前に発行させないようにしただろう。

     

    部長のNiは、それで教会を守ろうと画策したのだろうが、長年にわたり構築した居心地のいい官僚主義体制も守ろうとしたのかもしれない。それも教会の名を使ってである。

     

    アメリカや世界のグローバルルールでは、マスコミに意見を求められた場合、これだけを言葉の初めに付け加えるだけでいい。「私の個人的な意見ですが」だけだ!!たったそれだけで、どんな発言でも一個人の意見に過ぎないことになる。

     

    一番簡単なのは、マスコミに対して、広報担当の教会指導者が、「個人の意見は教会を代弁するものではありません」で済む。

     

    当時の部長だったNiの行動は、日頃からメンバーに自由を与えない人間の発想から出てくるもので、それに従う方も異常なのだ!!

    個人の自由な発言を禁止させることで体制維持を図ろうと企てる体質が、PBOの日本人の官僚主義者が支配する組織の証明だろう。

     

    今、十二使徒がトップダウンで日本の教会の改革に乗り出してきたと思われる。地域会長もそれと同じ動きのように見える。部長もアメリカ人が召され、徐々に日本人の官僚主義者を隅に追いやり始めている。そのうち、言うことを聞かない老害達は排斥されるかもしれない。

     

    そんな中、既に定年退職したNiは、教育宣教師(実質的に教育指導者)として沖縄に赴任したが、それを後押ししたのは、PBOの教育部の日本人指導者だ。彼(あるいは彼ら)はNiが育てた教会公務員で、以前から主従関係にあった。

    沖縄において、テキスト以外は教えない基礎教育だけの徹底が、官僚主義の徹底にならないことを望むが、Niの底意が、官僚主義を頭の柔らかな青少年や新メンバーの教育現場で根付かせる事を意図する(と思われる)以上、お寒い状況にある…

     

    PBOの教会職員の古参達が、昔からよく言うことは以下のような内容だ。

    「沖縄の教会員は我々の言うことを聞かない」

    「自由に考えすぎるので、行って教育せねばならない」

    「我々が定年退職したら、沖縄に居を構え、じっくりと導く必要がある」等々…

    沖縄は日本で一番クリスチャンの密度が高い地域で、末日聖徒に特化すれば、本土のような官僚主義に染まっていない土地柄である。

    沖縄は良くも悪しくもアメリカ化しているため、本土の日本人相手と同じにはいかないだろう。

      

    琉球民族は古代アメリカから太平洋を渡った「ハゴス(ハゴツ)の民」の末裔の可能性が高い。実際、彼らのDNAは中央アメリカのインディオと極めて近く、線刻文字とタブレットを持っているため、預言を信じる「ホピ族」と同じプエブロ系と思われる。

       

    彼らは『モルモン書』にあるニーファイ人の子孫で、マヤ文明の末裔と同じYAP遺伝子のため、その因子の無い中国系漢民族ではないだろう。

     

    日本人の官僚主義者達は、「古代アメリカの階段状ピラミッドが刻まれたタブレット」や「大航海用の巨船が刻まれたタブレット」など十数点の琉球タブレット発見の情報を黙殺してきた。

     

    教会のマニュアルにその記載が無いから…というのはあまりにも奇妙すぎる。何か別の「力学」が働いていると見るべきだろう。

     

    飛鳥昭雄の分析結果が、ソルトレイクの本部に認められては困る人間がいるということだ。案の定、新発見の分野の統括責任者は部長のNiだった。

     

    琉球タブレットには、「」にチョン「」の入った文字が幾つも刻まれているが、これは古代ヘブル(ヘブライ)文字の異字体で、この一文字でヨッド「י」と対応し、意味は「ヤハウェ」、英語読み「エホバ」である。

     

    この発見を無視し続けた当時の部長のNiだったが、自分から一度この件で私に接近してきたことがあった。

    私が府中ワード部が発行する「サムエル」という教会全国紙に、琉球タブレットの記事を大々的に公開したからだ。

    教会内で琉球タブレットの存在を知る人間が一気に増えたからである。

    もはや無視できなくなったのだろう。

     

    その時Niは、自分の許可を受ければ、ソルトレイクに報告してやってもいいという態度だった。

     

    おそらく何らかの形で自分も成果に加わるつもりだったのだろう、私の姿勢(反官僚主義)が喜ばれるような真似だけは、何があっても絶対に避けたい男だったからだ。

    部長のNiの申し出を断ると、以後、一切この琉球タブレットを日本の教会は無視するようになる。

      

    日本人の官僚主義者(教会公務員)が握る‘許認可権’は絶大で、神をも凌ぐかのようである(汗;ブルブル)

      

      

    最近、そのNiの次男がPBOの教育部に就職したので、将来は父親の跡を継ぐ立場になるかもしれない…

    PBOの官僚主義者の動きは、ジャーナリストの目から見ると、「特権階級」「天下り」「血縁」「仲間意識(なれ合い)」で固めながら、更なる官僚主義体制を日本の教会に構築しようとしているかに見える。

     

    どちらにせよ、今の官僚主義体質を破壊しなければ、日本の教会に約束された預言(奇跡が日本の教会で起き世界が驚く)が成就する事はないだろう。

     

     

    日本の教会と世界の教会の「比較検討」サイト↓

    http://lds-1.jugem.jp/

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


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